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・・・その歴史と文化・・・ | .......................................................................................................................................................... [松前町] [福島町] [知内町] [木古内町] [江差町] [上ノ国町]
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松前町 |
道内では「最南端の町」、国内では「最北の城下町」 と知られる松前。「北の小京都」と呼ばれており、古都
の趣が楽しめる町です。16世紀初頭武田氏が台頭し松 前を支配して、徳川家康の時代に松前を名乗り領地を 与えられた。蝦夷地の物産の交易で栄え、港には商船 が出入りし、幕末には、北前船が活躍した。「松前の春は 江戸にもない」ほどに繁栄した町です。松前城や寺町の 街並みなどには当時の面影を留めているものが多く それが松前を風情豊かな町にしています。 | |
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福島町 |
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1189年奥州藤原氏の一族が渡航し定住したことに始まる といわれています。 その後、1616(元和2)年には松前藩が千軒(知内川上流) で砂金掘りを行った記録がありますが、主として漁業を 中心とした生活形態であったようです。その長い歴史の 中で特筆すべきことは、北海道と本州を結ぶ「青函トンネ ル工事基地の町」としてその完成に大きな役割を果たした ことであります。 |
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知内町 |
知内町は、旧石器時代後期に人が住み始め、鎌倉 時代に甲斐の国伊原郡領主・荒木大学が砂金掘りのた めに来道、それ以来、知内川上流での砂金採取が盛ん になり、道内で最も早くから和人が住みついていました。 1701年頃知内川流域に広がる雑木材の伐採事業や鮭業 1781年頃馬が飼われ、明治14年には福井県出身の山田 慎により綿羊を主とした家畜と畑作による農業の基礎が 築かれ、明治22年マグロ漁が行われていました。 |
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木古内町 木古内町は気候が穏やかなことなどからその歴史の 幕開けは早く、2〜3千年前のものといわれる札苅の遺跡 がそれを物語っています。また、いわゆる和人は700年ほど 前から住むようになったといわれ、1800年中頃には、越後 地方からの移民による開墾が行われています。 明治維新の際には、戊辰戦争(箱舘戦争)の激戦の地と なるとともに、サラキ岬の沖で日本最初の太平洋横断 を成し遂げた咸臨丸が座礁するなど、当時の記憶を留める 地となっています。 |
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| ■ 江差町 |
江差の歴史は実に800年前までさかのぼることができ ます。その長い歴史の中での1678年(延宝6)松前藩が江差 に奉行所を置き、北前船が東北や関西方面との取引を行っ ていた時代は「江差の5月は江戸にもない」といわれたほど でした。その時代の遺産は江差追分や姥神大神宮渡御祭 町の至るところで見る旧家などに伝承されています。まさに 江差が「北海道文化の花を咲かせた」といわれる由縁です。
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上ノ国町 上ノ国の歴史は、1189年(文治5)源頼朝による奥州藤原 泰衡討伐の難を逃れ、津軽、南部の人々が移り住んだのが 始まりといわれています。その後、松前藩の祖・武田信廣が 来道し、1457年(長禄元)コシャマインとの戦いでめざましい 活躍をし和人社会の統一を図りました。こうして、上ノ国は 1678年檜山番所が江差に移るまで日本海側における政治、 経済、軍事の要所として大いに栄えていました。 |
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