知
内
歴
史
散
歩
南部藩兵遭難供養碑
【元町 大乗寺境内】
享和2年ロシアに対する警備のため
派遣された南部藩の船が、野辺地から
函館に向かう途中の中ノ川沖で難破
しました。
その時に溺死した41名の供養の
ために建立された石碑。
らいこうじんじゃ
雷公神社
【元 町】
〜本道最古の神社〜
コシャマインの戦いの時、知内を
通った武田信広が加茂の二社を
一社にして再建し、雷公神社と
呼ぶようになりました。
もとは上雷に置かれていましたが、大正4年に遷宮されました。
知内町の由来が書かれている「大野土佐日記」が所蔵されています。
知内小学校重内分校跡地
【重 内】
〜無限への可能性〜
昭和59年閉校になった。
跡地には、未来への無限の可能性を
意味するシンボルと最後の分校生を
イメージ化したモニュメントがあります。